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大阪地方裁判所 平成元年(ワ)5841号 判決

原告

尾嶋はつ子

被告

光輪株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金二四一五万〇一八五円及びこれに対する昭和五九年一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その四を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金四六三九万三八二〇円及びこれに対する昭和五九年一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  第一項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五九年一月二九日午前一一時四〇分ころ

(二) 場所 京都市西京区大枝沓掛町二六先路上(以下、「本件事故現場」という。)

(三) 事故車(一) 普通乗用自動車(大阪五九ゆ五五〇七号、以下、「嶋田車」という。)

右運転者 被告嶋田武(以下、「被告嶋田」という。)

(四) 事故車(二) 大型乗用自動車(京二二わ〇二六〇号、以下、「松本車」という。)

右運転者 訴外松本好(以下「訴外松本」という。)

(五) 態様 本件事故現場を東進中の松本車に、センターラインを越えて対向車線を西進した嶋田車が衝突した(以下「本件事故」という。)。

2  被告らの責任

(一) 被告嶋田の責任

被告嶋田は、嶋田車を運転中、ハンドル操作を誤り、漫然とセンターラインを越えて対向車線を進行した過失により本件事故を発生させたから、民法七〇九条に基づき、本件事故によつて原告に生じた損害を賠償する義務がある。

(二) 被告光輪株式会社

被告光輪株式会社(以下、「被告光輪」という。)は、嶋田車の保有者であり、本件事故当時、これを自己のために運行の用に供していたものであり、また、被告光輪は被告嶋田の雇主であり、本件事故当時、同人を自らの業務の執行にあたらせていたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」という。)三条及び民法七一五条に基づき、本件事故によつて原告に生じた損害を賠償する義務がある。

3  損害

(一) 原告の受傷内容、治療経過及び後遺障害

(1) 原告は、本件事故により、右上腕部粉砕骨折の傷害を受け、次のとおり入通院した。

ア シミズ病院

本件事故直後の昭和五九年一月二九日、右上腕部骨折の応急措置を受けた。

イ 水田整形外科病院

昭和五九年一月二九日から同年二月六日まで入院(九日間)

ウ 兵庫県立尼崎病院

〈1〉 昭和五九年二月七日から同年五月二日まで入院(八六日間)

〈2〉 昭和六一年九月四日から同年一一月八日まで入院(六六日間)

〈3〉 〈1〉〈2〉のほか昭和五九年六月二五日から現在に至るまで通院中

エ 西武庫病院

昭和五九年五月二日から同年六月二四日まで入院(五四日間)

(2) 原告は、前記のとおり、シミズ病院で応急措置を受けたのち、水田整形外科病院に入院して骨折部の固定手術準備のための治療を受け、同手術を受けるために、兵庫県立尼崎病院(以下、「尼崎病院」という。)に入院し、昭和五九年二月一三日に右手術が予定されていたが、同月一〇日の午前七時四五分ころ、トイレの中で突然、呼吸困難に陥り、意識を喪失した。右呼吸困難及び意識喪失は、右上腕部粉砕骨折のために、同骨折部から遊離した骨髄内脂肪組織が肺動脈を閉塞した結果肺梗塞が発症し、そのため脳に酸素が送られず、無酸素状態に陥つたために発生したもので、右症状は応急措置で脱出して一命をとりとめることができ、その後、前記のとおり同病院及び西武庫病院に入通院して治療及び機能回復訓練を受けたが、昭和六二年五月三一日、右肺梗塞が原因となつて発症した歩行障害及び精神機能障害(痴呆状態)並びに右上腕部偽関節及び右肩関節機能障害の後遺障害(右上腕部の骨折部の固定手術は、右歩行障害及び精神機能障害の発症のため施行されなかつた。)を残して症状が固定した。

(二) 損害額

(1) 治療費 四七八万八三四〇円

(2) 入院雑費 二五万八〇〇〇円

水田整形外科病院、尼崎病院及び西武庫病院入院中の二一五日間に一日当たり一二〇〇円、合計二五万八〇〇〇円を下らない雑費を要した。

(3) 入院付添費 九六万七五〇〇円

原告は、前記二一五日間の入院中、付添い看護を必要とし、右期間、近親者が付添つて原告の看護にあたつたから、一日当たり四五〇〇円、合計九六万七五〇〇円を下らない付添費相当の損害を被つた。

(4) 将来の介護料 一八九四万七八八〇円

原告は、大正七年二月二一日生まれの女性であるところ、前記の歩行障害及び精神機能障害のために、寝たきりで介助がなければ起立もできない状態にあり、生涯にわたり家族の監視・看護を必要とするから、原告の症状固定時の平均余命である一六年間につき、一日当たり四五〇〇円を下らない介護料相当額の損害を被ることになるものというべきである。そこで、ホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除して、右介護料相当の損害額の現価を計算すると、次のとおり一八九四万七八八〇円となる。

(算式)

4,500円×365日×11.536=18,947,880円

(5) 休業損害 一二一九万円

原告は、本件事故当時、夫である訴外尾島峯男(以下、「訴外峯男」という。)とともに、尾島自動車内張店を経営し、職人気質であつた訴外峯男に代わつて、銀行取引、帳簿作成等を担当して、経理及び経営状態を全て掌握するほか、ミシン操作作業等も行い、本件事故の前年である昭和五八年中に、三六五万円の収入を得ていたものであるところ、本件事故により、症状固定日である昭和六二年五月三一日まで一二一九日間、入通院のため就労できなかつた。そこで、右年収額を基礎にして、原告の休業損害額を計算すると、次のとおり一二一九万円となる。

(算式)

3,650,000円÷365日×1,219日=12,190,000円

(6) 逸失利益 一五九二万八六〇〇円

原告は、本件事故に遭わなければ、症状固定時から少なくとも五年間は就労が可能であり、その間前記のとおり少なくとも一年間に三六五万円の収入を得ることができるはずであつたところ、前記後遺障害によりその労働能力の一〇〇パーセントを喪失した。そこで、右収入を基礎にホフマン式計算方法により、年五分の割合による中間利息を控除して、右逸失利益の現価を計算すると、次のとおり一五九二万八六〇〇円となる。

(算式)

3,650,000円×4.364×=15,928,600円

(7) 慰謝料 二〇〇〇万円

本件事故により、原告が被つた精神的、肉体的苦痛を慰謝するには二〇〇〇万円が相当である。

(8) 弁護士費用 三〇〇万円

(三) 損害の填補

原告は、本件事故により被告らから、二九六八万六五〇〇円の支払いを受けたから、右損害額に充当する。

よつて、原告は、被告らに対し、本件事故による損害賠償として、各自、四六三九万三八二〇円及びこれに対する本件事故の日ののちである昭和五九年一月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1(事故の発生)及び同2(被告らの責任)は認める。

2  同3について

(一) (一)のうち、原告が本件事故により受傷した事実は認めるが、原告の受傷内容、治療経過及び後遺障害の内容については不知。なお、原告の後遺障害については、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)の査定では、右上腕部偽関節については自賠法施行令第二条別表後遺障害別等級表(以下、「等級表」という。)の七級九号、右肩関節機能障害については同一二級六号、併合で六級の認定がなされたにすぎず、歩行障害及び精神機能障害については、本件事故との因果関係がないとして非該当とされている。

(二) (二)のうち、(1)の治療費は認めるが、その余は不知。

なお、原告は、一年間に三六五万円の収入を得ていたと主張するが、これはいわゆる「みなし法人」の専従者の給与であり、節税対策として計上しているのにすぎず、現実に原告がそけだけの収入を得ていたものではないから、原告の逸失利益は、昭和六二年の賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計の六五歳以上の女子労働者の平均年収額である二五七万三二〇〇円を基準にして計算されるべきである。

(三)(三)(損害の填補)は認める。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)及び同2(被告らの責任)は、当事者間に争いがない。

二  原告の受傷内容及び治療経過

成立に争いのない甲第二ないし第五号証、第六号証の二、四、六、七ないし九、一二、一四、一六、一八、二〇、二二、二四、二六、二八、三〇及び三二、第七、第八号証、第一三号証の一ないし七〇、第一四号証の一ないし一五〇、第一五号証の一ないし三四、第一六号証の一ないし一二一、第一七号証の一ないし九二、第一八号証の一ないし二六、第一九号証の一ないし二五、第二〇号証の一ないし八、第二一号証の一ないし四、第二二号証、第二三号証の一ないし三三、第六八号証の一ないし六、第七四、第七五号証、第七六号証の一、二、第七七号証の二、三、第八〇号証の一ないし三、第八一号証の一ないし五、第八五ないし第八七号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第一二号証並びに証人芦田一彌の証言によれば、以下の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  原告は、本件事故により、右上腕骨粉砕骨折の傷害を受けたため、救急車でシミズ病院に搬送され、応急措置としてシーネ固定を施された後、即日、水田整形外科病院に転送されて同病院に入院し、右上腕骨粉砕骨折の診断を受けたが、その後、昭和五九年二月七日、骨折部の固定手術を受けるために、自宅に近い尼崎病院に転院した。

2  尼崎病院(整形外科)入院時の原告の一般状態は、骨折した右上腕部の痛みを除いては良好であり、肺、心臓及び腹部に異常はなく、意識は敏捷で、見当識も良好であつたので、昭和五九年二月一三日に全身麻酔によるプレート固定の手術が予定された。

ところが、原告は、同月一〇日午前七時四五分ころ、トイレで呼吸困難に陥り、駆けつけた看護婦らに対し、ハア、ハアと息を切らしならが、「しんどい、息が切れる。」と訴え、病室に戻つてからも一段と症状が悪化し、脈拍が微弱となつて血圧が低下し、意識も消失したので(意識レベルⅢ群二〇〇)、心臓マツサージを受けたが、その途中で呼吸も停止したので人工呼吸器を装着された。右心肺蘚生法の施行により、原告は、四〇分ほどで心不全状態から回復し、自発呼吸も出現して同日の午後三時ころには、人工呼吸器の取り外しが可能となり、意識レベルも、Ⅰ群三からⅡ群一〇の程度にまで回復し、手を握れと指示すると、握り返すことができるようになつた。

右のような原告の容態急変の調査のため、頭部CT検査が実施されたが、出血領域や梗塞領域は認められず、頭部及び胸部レントゲン検査上も異常は認められなかつたものの、同日午後七時現在で、心拍数が一分間に一一〇の洞性頻拍の状態にあり、心電図検査上、心臓の前壁、下壁、側壁及び中隔には広範囲にわたる虚血性の病変が認められ、不完全右脚ブロツクの状態を呈していた。

3  その後、原告の生命徴侯は安定し、意識レベルも一時的にはⅠ群の二から三まで改善されたものの、なお呼吸不全の状態が続き、高熱も出現してきたため、抗生物質の投与が続けられていたが、肺炎の発生が疑われたため、昭和五九年二月一四日、同病院の内科に転科した。

4  内科転科後、原告には、播種性血管内凝固症候群(DIC)及び敗血症の症状が認められ、なお、発熱も続いていたことから、抗生物質の投与等の化学療法が続けられ、その結果、転科当時傾眠状態であつた原告の意識状態は改善され、同月二六日には発語や笑顔がみられるようになつたが、他方では誕生日が正確に答えられないなどの記銘力障害がみられた。

同病院内科は、原告の症状を左反回神経麻痺による嚥下性肺炎と診断し、呼吸停止及び心不全の原因については、諸検査の結果、脳内出血・脳梗塞及び心臓疾患は否定されたことと、肺血流シンチグラフイの結果から肺塞栓症と診断した。また、原告には、右治療中に排尿障害が生じ、その治療のための膀胱にバルーン及びカテーテルを挿入し、膀胱洗浄が施行されていたが、右バルーン及びカテーテル抜去後、尿失禁が認められたので、同病院泌尿器科で診察を受けたところ、奇異性尿失禁の疑いがあると診断された。

5  原告は、昭和五九年三月二一日ころから、発熱がなくなり、DICや敗血症の症状も軽快し、一般状態が安定したが、歩行障害がみられたことから、右歩行障害及び上腕骨骨折部の治療のため、同月二七日に再び整形外科に転科した。原告の右骨折部は、入院時からギプスや装具等で固定されたままで、前記のような全身状態の悪化のために、整形外科的な治療ができなかつたことから偽関節を形成していたが、原告の症状経過から判断して、手術は不可能と判断されたので、同科では、右肩関節の拘縮及び全身状態の悪化のために生じた歩行障害に対する理学療法及びリハビリを受け、右治療中も排尿障害、尿失禁が継続していたので、泌尿器科でも治療を受け、同科医師により、原告の症状は、神経因性膀胱であると診断されている。

右理学療法及びリハビリ等の治療の結果、原告の歩行障害は、杖をついてゆつくり歩行できる程度にまで回復したが、呼吸停止及び心不全による無酸素脳症のために右半身に麻痺があり、記銘力障害及び言語障害もみられた。

6  原告は、昭和五九年五月二日、リハビリの目的で、尼崎病院から西武庫病院に転院し、投薬、リハビリ等の治療を受けて同年六月二四日退院した。

7  原告は、西武庫病院退院後も歩行障害が残つていたため、尼崎病院に通院して機能回復訓練を受けていたが、昭和五九年九月一四日、自宅でつまづいて転倒し、右大腿骨の頸部を骨折したため、同日再び尼崎病院整形外科に入院し、同月二一日に右大腿骨人工骨頭置換術の手術を受け、同年一二月二三日退院した。

原告には、右入院中も排便・排尿障害があつて、尿・便の失禁もみられ、特に頻尿が著しく、発熱もみられたので、同年一〇月六日には尿路感染症と診断され、これに対する化学療法も受けている。

8  原告は、右退院後も、機能回復訓練のために尼崎病院に通院していたが、昭和六一年八月一七日に再び自宅で転倒し、それを契機として、歩行障害も悪化し、見当識異常、記銘力障害、失語、意欲低下などの精神障害も悪化したため、同年九月四日、尼崎病院神経内科に精査の目的で入院した。

入院後、原告に尿路感染症が認められたので、その治療を行つたところ、炎症の鎮静化に伴い、原告の意識レベルは改善し、見当識も正常になり、歩行障害も改善してきたことから、同科では、原告の精神機能障害及び歩行障害は、尿路感染症による全身状態の悪化が引き金となり、パーキンソン症候群を増悪させた結果であると判断し、原告の症状は、低酸素血症後遺症、症候性パーキンソン症であると診断をしている。

9  原告は、尼崎病院神経内科に同年一一月八日まで入院し、退院後は機能回復訓練等のために同病院整形外科に通院を続けていたが、昭和六二年四月二〇日、同病院神経内科の市川桂一医師により、精神機能は痴呆状態にあり、頭部CT検査上、両側被殻及び脳室周囲に低吸収域があつて軽度の脳萎縮が認められ、右上肢は廃用性の萎縮状態にあり、左上下肢にも軽度の筋力低下が認められ、独歩は不能で、介助なしには起立起床は困難であり、また、神経性膀胱によるおよそ一時間ごとの頻尿があり、右症状は徐々に悪化の傾向にあり、改善の可能性はなく持続すると考えられるとの診断を受けており、また、同月二二日、同病院整形外科の芦田一彌医師により、自覚症状としては、右上肢の機能障害、右肩・右上肢・右大腿痛、右膝以下の冷感、歩行障害があり、他覚的所見として、右上腕骨の骨折部分は、偽関節を形成し、著明な萎縮・短縮が認められ、右肩関節に運動制限があり(何れも他動で、前方挙上が九〇度、後方挙上が〇度、外転が七五度であり、自動は何れも〇度)、握力低下も認められる(右九キログラム、左一一キログラム)ほか、右半身を主体にする中枢性の運動障害も認められ、右症状の改善の見込みはなく、同年五月三一日をもつて症状固定日とする旨の診断を受けている。

10  肺梗塞は、長期臥床ののち歩行を始めたときに発生しやすく、これは長期臥床によつて下肢静脈にうつ滞を来して静脈血栓を形成していると、その後活動を始めた際に右血栓が遊離移動して肺動脈を閉塞するためであるとされているが、骨折、特に多発骨折があつた場合にも発症することがあり、この発生原因は、骨折部から遊離した骨髄内脂肪組織が血流に乗つて肺動脈に集まり、これを閉塞するためであるとされている。

三  呼吸停止及び心不全の原因

前認定の原告の受傷内容及び治療経過を前提に、原告が昭和五九年二月一〇日に突然呼吸停止及び心不全に至つた原因について検討するのに、前認定のとおり、右原因となり得る脳内出血、脳梗塞及び心臓疾患は否定され、他方、肺血流シンチグラフイイの検査結果は肺梗塞が存在したことを示すものであつたこと、骨折、特に多発骨折があつた場合には、肺梗塞の発症の可能性があるとされているところ、原告の骨折は右上腕骨粉砕骨折であつて、単純骨折と比べると骨髄内脂肪組織の遊離も多かつたであろうと推認されることなどの点を考慮すると、原告の右呼吸停止及び心不全の原因は肺梗塞であり、右肺梗塞の原因は本件事故による右上腕骨骨折であると認めるのが相当である。

従つて、原告の呼吸停止及び心不全と本件事故との間に相当因果関係を肯定することができる。

なお、前掲甲第一四号証の二三(尼崎病院診療録)には、安静臥床により生じた血栓による肺動脈の閉塞が考えやすいとの尼崎病院内科の意見の記載があるが、前認定のとおり、安静臥床後に血栓を原因として発症する肺梗塞は、長期臥床によつて下肢静脈にうつ滞を来して血栓を形成し、これが活動を再開したことにより遊離移動して肺動脈を閉塞するためであるとされているが、本件の場合、事故後一二日目であつて、長期臥床とまではいい難いことからすると、右意見は直ちには採用できないし、仮に、安静臥床による血栓が原因であるとしても、右血栓を生ずるに至つた安静臥床は本件事故により余儀なくされたものであるから、右原因で発症したとしても、そのために本件事故との因果関係が否定されるものではない。

四  原告の後遺障害と症状固定時期

前掲甲第一二号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成元年九月一〇日現在も、右手が不自由で全く動かず、足も不自由なため、食事、衣服の着用、入浴は一人でできず、家族の介助を要し、日中はほとんど寝て過ごし、リハビリ等で通院するときは、自動車及び車椅子を使用し、介護者が付添つており、また、現在の日時がわからず、聞いたことをすぐに忘れ、一桁の加算はできるが、二桁の加算や割算はできず、何を言つているのか、話の内容がよく分からないことがあつて、話の呑み込みも悪いなどの精神機能障害があるほか、頻尿及び尿・便の失禁もあることが認められるところ、前認定の事実によれば、右のうち右手の機能障害が本件事故に起因することは明らかであり、歩行障害及び精神機能障害についても、前認定のとおり、事故前には何らの異常もなかつた原告に、本件事故と相当因果関係が認められる呼吸停止及び心不全の直後から認められ、その後増悪してきたものであることと、前認定の治療経過に照らして考えると、前記呼吸停止及び心不全により生じた無酸素脳症に起因するものであつて、本件事故と相当因果関係のある後遺障害であると認めるのが相当である。さらに、前認定の頻尿及び尿・便の失禁についても、前認定の原告の症状及び治療経過によれば、右無酸素脳症の合併症として、前記のような精神機能の障害が生じていることに加えて、膀胱機能を支配する脳神経機能の障害による神経因性膀胱が発症したか、無酸素脳症の一連の合併症として発症した前認定の肺炎、DIC、肺血症、排尿障害、尿路感染症に起因し、または、右排尿障害及び尿路感染症の治療のために膀胱にバルーン及びカテーテルを挿入し、留置したことに起因して神経性膀胱が発症したかのいずれかが原因であると考えられるから、本件事故と相当因果関係のある後遺障害であるということができる。そして、前認定の症状及び治療経過に前掲甲第四号証を総合すれば、原告の以上の後遺障害は遅くとも昭和六二年五月三一日には症状固定の状態にあつたものと認められる。

五  損害額

1  治療費 四七八万八三四〇円

請求原因3(二)(1)は、当事者間に争いがない。

2  入院雑費 二三万六五〇〇円

前認定の原告の治療経過によれば、原告は、前認定の水田整形外科病院、尼崎病院及び西武庫病院入院期間のうち、原告の主張する二一五日間について一日当たり一一〇〇円、合計二三万六五〇〇円を下らない雑費を要したものと認められる。

3  入院付添費 七五万二五〇〇円

前認定の原告の受傷内容、入院中の症状の経過及び程度に照らすと、原告は前認定の入通院期間のうち、原告の主張する二一五日間の全てについて付添看護の必要性があつたものと認められるところ、前掲甲第一三ないし第一七号証及び弁論の全趣旨によれば、右入院期間中原告の近親者が毎日付添つて看護に当たつたことが認められるので、一日当たり三五〇〇円、合計七五万二五〇〇円の入院付添費相当の損害を被つたものと認めるのが相当である。

4  将来の介護料 一二六一万一七三五円

前認定の原告の後遺障害の内容及び程度によれば、原告は、日常生活において随時介助ないし介護を要し、右状態は終生継続するものと認められるところ、前掲甲第一二号証及び弁論の全趣旨によれば、右介護等は原告の近親者が行つていることが認められ、かつ、その介護等の程度は、それに専念しなければならないほどのものではないにしても、近親者の家人に対する通常の身の回りの世話とは質的にも異なるものであると考えられるから、原告は、その症状固定時の平均余命である一五年間(弁論の全趣旨によれば、原告は大正七年七月二一日生まれで、症状固定時の年齢は六九歳であることが認められる。)につき、一日当たり三五〇〇円を下らない介護料相当額の損害を被ることになるものと認められる。そこで、ホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除して、右介護料相当額の本件事故当時の現価を計算すると、次のとおり一二六一万一七三五円(円未満切り捨て、以下、同じ。)となる。

(算式)

3,500円×365日×(12.6032-2.7310)=12,611,735円

5  休業損害 七二六万五二四〇円

成立に争いのない甲第一〇号証の一ないし七及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時、夫である訴外峯男の経営する尾島自動車内張店で経理事務を行つたり、ミシン作業をするなどして働いていたことが認められ、右事実によれば、原告は、本件事故当時、一年間に二一七万五四〇〇円(昭和五九年賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計の六五歳以上の女子労働者の平均年収額)を下らない収入を得ていたものと認めるのが相当であるところ、前認定の原告の受傷内容及び治療経過によれば、原告は、本件事故によつて昭和五九年一月二九日から症状固定日の昭和六二年五月三一日まで一二一九日間休業を余儀なくされたものと認められるから、原告は、後記算式のとおり七二六万五二四〇円の休業損害を被つたものと認められる。

なお、原告は、職人気質であつた訴外峯男に代わつて、原告が尾島自動車内張店の経理・経営状態を全て掌握し、収入についても、本件事故の前年である昭和五八年中に三六五万円を得ていたと主張するが、原告が前認定の稼働状態にとどまらず、尾島自動車内張店の経理・経営状態の全てを掌握していたことを認めるに足りる証拠はない。また、前掲甲第一〇号証の一ないし七中には、右主張に副う記載があるが、右は所得税の申告に際して事業専従者の給料として計上されているものにすぎず、原告が給料として右金額を現実に受け取つていたことを認めるに足りる証拠はなく、尾島自動車内張店のような個人営業の企業の場合には、家族の専従者給与額は節税対策の見地から定められ、労働の質及び量と必ずしも対応しない例がまま見受けられることに照らすと、右三六五万円を直ちに原告の収入とみることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠もないので、右原告の主張は採用できない。

(算式)

2,175,400円÷365日×1,219日=7,265,240円

6  後遺障害による逸失利益 六一八万二三七〇円

前認定の原告の後遺障害の内容及び程度に、症状固定時六九歳という原告の年齢を併せ考えると、原告はその症状固定後の就労可能期間三年間の全期間について、その労働能力のすべてを喪失したものと認めるのが相当である。

そこで、昭和六二年賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計の六五歳以上の女子労働者の平均年収額二五七万三二〇〇円を基礎に、ホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除して、原告の逸失利益の本件事故当時の現価を計算すると、次のとおり六一八万二三七〇円となる。

(算式)

2,573,200円×(5.1336-2.7310)=6,182,370円

7  慰謝料 二〇〇〇万円

前認定の原告の受傷内容、治療経過、後遺障害の内容及び程度並びに年齢、その他本件証拠上認められる諸般の事情を考慮すれば、本件事故によつて原告が受けた精神的・肉体的苦痛に対する慰謝料としては、二〇〇〇万円が相当であると認める。

六  損害の填補 二九六八万六五〇〇円

請求原因3(三)(損害の填補)は当事者間に争いがない。

七  弁護士費用 二〇〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告は原告訴訟代理人に本件訴訟の提起及び追行を委任し、相当額の費用及び報酬を支払い、又は支払いの約束をしているものと認められるところ、本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、本件事故と相当因果関係に立つ損害として賠償を求めうる弁護士費用は、二〇〇万円と認めるのが相当である。

八  結論

以上の次第で、原告の被告らに対する本訴請求は、被告ら各自に対し二四一五万〇一八五円及びこれに対する本件事故の日の後である昭和五九年一月三〇日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容し、原告のその余の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条及び九三条一項を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 笠井昇 松井英隆 永谷典雄)

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